海外不動産投資なら、G.I.S

マスタードと魚と、それからダッカのビリヤニについての小さなお話

バングラデシュという国を地図で見ると、まるで大きな緑の葉っぱのように見えます。ガンジス川、ブラフマプトラ川、メグナ川という三つの大河が、その葉の上に絹糸のような線を描いています。水にあふれた国です。そして、魚と米とマスタードの香りに満ちた国でもあります。

この国では、本当によく魚を食べます。朝も昼も夜も、魚と米の組み合わせです。何か特別なことがあっても魚、なくても魚。むしろ魚を食べること自体がイベントのような存在です。とくに人気なのが「イリシュ」という魚で、バングラデシュ版の秋刀魚のようなポジションと言えるでしょう。骨がやたらと多くて、初めて食べたときは20分ほど静かに格闘しました。あれはもう、スポーツと言ってもいいかもしれません。

このイリシュを使った「ショルシャ・イリシュ」という料理があります。マスタードペーストとマスタードオイルで煮込んだ家庭料理です。材料はとてもシンプルで、イリシュに塩とターメリックをまぶし、マスタードオイルでマスタードペーストと青唐辛子を炒め、水を加えて煮るだけです。ただし、香りは強烈です。調理中にうっかり深呼吸でもしようものなら、軽く意識が飛びそうになります。でも、食べてみると実においしくて、魚とマスタードが恋に落ちたような、そんな味がします。

食べ方にも少しコツがあります。まず、炊きたての白いご飯を用意します。そしてショルシャ・イリシュのソースをスプーンでひとすくい、ご飯にかけます。ここからが文化的ハイライトです。彼らは、この料理を右手で食べるのです。スプーンもフォークもなし。右手の指を器用に使って、ご飯とソースと魚の身を混ぜ、ちょうど良い温度と粘度になったところで、つまんで口に運びます。最初は戸惑いますが、慣れてくるとこれはこれでなかなか心地よい所作で、まるで自分の手がそのまま味覚の延長になったような気がしてきます。ちなみに左手は衛生的な理由で食事には使いません。くれぐれもご注意ください。

地方によって料理の特徴も変わります。南のバリサルでは、魚を唐辛子で煮込んだ辛めの料理が好まれますし、北のラジシャヒでは豆のスープ「ダール」や潰した野菜「ボルタ」といった素朴な家庭料理が日常です。まるで田舎のおばあちゃんが作ってくれそうな、そんな優しい味がします(実際に作ってくれたわけではありませんが)。

港町チッタゴンに行くと、料理の雰囲気ががらりと変わります。スパイスの量がぐっと増え、刺激的になります。「メジュバニ・ゴシュト」という赤唐辛子たっぷりの牛肉煮込みは、食べているそばから汗が止まりません。途中で「これは料理なのか修行なのか」と悩みましたが、食べ終わるとまた食べたくなっていました。不思議なものです。

首都ダッカでは、より華やかで手の込んだ料理が好まれます。ムガル帝国時代の影響を受けた「カッチ・ビリヤニ」は、ヨーグルトに漬けた羊肉とスパイスを層にしてご飯と炊き上げる料理です。とても香り高く、食べると気分がちょっと特別になります。ただし、量が多いので油断は禁物です。

最近では、ダッカにも日本の味が少しずつ広がっています。ラーメン店や寿司屋もあり、「IZUMI」や「TAKUMI」など、日本人の名字のような名前の店がちらほらと目につきます。味もなかなか本格的で、スープも丁寧に取ってあり、寿司のネタも努力の跡が感じられます。ただし豚肉は禁忌なので、カツ丼は鶏肉で作られています。文化と宗教の折り合いというのは、やはりなかなか繊細なものですね。

でも、その繊細さを超えて、お互いの食文化が少しずつ歩み寄っている様子は、なかなか素敵だと思います。食べるという行為は、言葉を使わない会話のようなもので、ひとくちで「あなたのことがちょっとわかったかもしれない」と思えることもあるのです。

マンゴーの木陰でご飯を食べ終える頃、遠くからかすかにスパイスの気配が漂ってきました。あれはたぶんマスタードオイル。鼻をくすぐるような香りに包まれて、なんだか妙に落ち着く午後です。

この国の食卓には、川の恵みと土の記憶がしっかりと根を張っていて、それが人々の暮らしの深いところで脈打っているように感じます。知らない国の料理を手で食べながら、遠く離れた文化を少しだけ自分のものにする――そんな体験は、きっと旅の醍醐味の一つなのだと思います。

バングラデシュの味には、じんわりとした熱と、どこか懐かしさのようなものが混じっているのです。ちょうど、長くしまっておいた古い手紙を、ふと開いて読むような味わいです。

そして食べ終えた後にふと気づきます。また、あのマスタードの香りが恋しくなっている自分がいるということに。

バングラデシュ。地図の端にある小さな国に、いま少し目を向けてみてください。そこには、静かだけれど確かな魅力が、食卓の上から語りかけてきます。

G.I.Sコンテンツ担当 鎌倉

関連記事